2010年
生化学若い研究者の会”の活動の歴史とこれから
生化学若い研究者の会は,生命科学分野の研究者を目指す若手研究者や大学院生・学部生を中心に構成される団体である.その最大のイベントが夏の学校であり,毎年,全国各地から100人以上が集まり合宿形式の研究会が開催されている。2010年,夏の学校は記念すべき第50回の開催を迎える (http://www.seikawakate.org/) .
本稿では,生化学若い研究者の会と夏の学校の歴史を振り返りながら,これからの夏の学校になにが求められているのかを考えたい.
生化学若い研究者の会の活動の歴史に目を向けると,それぞれの年代での研究の動向や研究者にかかわる社会問題について積極的にかかわってきたことがうかがえる.夏の学校では,研究の動向について2つの主要な企画のなかであつかってきた.ひとつは,参加者全員が聴講し議論するシンポジウムである.”利益か? 真理か?―科学が追及するもの” (2002) など,生命科学にかかわる大きなテーマを複数の立場の演者の意見を交えて多角的な視点からとらえようとする試みや,”大学院で何を学ぶ? どう学ぶ? ” (2008) など,研究環境における教育問題を議論する試みがなされてきた.もうひとつは,個別の話題にそって学ぶ分科会 (2003年以降は,ワークショップと改称) である.参加者は興味のあるセッションに分かれて,第一線で活躍する講師による講義を聴講する.分野は多岐にわたり,分子生物学,神経科学,免疫学,再生医科学など,さまざまなテーマがあつかわれてきた.
一方,生化学若い研究者の会は研究環境をめぐる社会問題に対しても取り組んできた.とくに,1970年から1980年にかけて活動は活発となり,1973年には後援組織である日本生化学会に対して,いわゆる,オーバードクター問題についての要望を投げかけている.その結果,1974年には日本生化学会から日本学術会議にむけてオーバードクター問題についての申入れが行なわれた.また,女性研究者問題についても取り組んでいる.この問題については,大規模なアンケートを行ない,女性研究者自身および採用する立場への意識調査をして問題を的確にとらえるための行動をとってきた.その後,女性研究者の地位改善についての要望が日本学術会議から出されたり,全国シンポジウムが行なわれたりもした.これらを振り返ると,生化学若い研究者の会は研究現場の立場からその時代におけるもっとも取り組むべき課題をみつけ,解決にむけた行動を起こしてきたといえる.
研究の動向と研究環境をめぐる社会問題についての議論を50年という長きにわたってつづけてきたことは,生化学若い研究者の会の注目すべき特徴のひとつである.生化学若い研究者の会では,過去のスタッフや参加者と現役とが夏の学校に集まり,過去から現在,そして,未来をみすえた研究の動向と研究環境をめぐる社会問題についての議論を行なうことがこの特徴を夏の学校に生かす道だと考えた.今後,研究分野を担うことになる若手にとって,現在や未来の研究が過去の数々の発見の延長線上にあることを再確認することは,新たな視点を得るための重要なきっかけとなるのではないだろうか.また,現在の研究環境をめぐる社会問題について,当時の問題に全力で取り組んだ人たちからは,現役の世代とは違った視点から有用な意見が出てくるのではないだろうか.このような考えのもと,学部生からOB・OGまで幅広い層の参加者を予定した第50回夏の学校を企画中である.
生化学若い研究者の会は,夏の学校をはじめとしてさまざまなイベント活動を行なっており,1966年以来,40年以上にわたって本誌キュベット欄での執筆を行なってきた.埋もれがちな若手の声を研究者社会に汲み上げるという目的をもって,研究環境をめぐる社会問題の発信の役割を担ってきた.また,近年は,若手の情報発信を担う立場として新しい活動にも挑戦している.最近では,科学コミュニケーションや理科教育問題などにも活動の幅を広げ,科学書の出版 (光るクラゲがノーベル賞をとった理由,日本評論社) やサイエンスアゴラ (http://www.scienceagora.org/) への出展も行なってきた.本誌の休刊にともない,キュベット欄は一時休止となる.しかし,われわれは若手の情報発信を担う立場として,さらなる活動の場を獲得し、有意義な発信をつづけていきたいと考えている.
生化学若い研究者の会キュベット委員会
E-mail:pne-cuvette@seikawakate.org